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那覇地方裁判所 昭和56年(ワ)193号 判決

原告

新垣昇

ほか一名

被告

池原忠英

ほか一名

主文

一  被告池原忠英は、原告らそれぞれに対し、各金三七二万〇、〇七六円及び内金三四二万〇、〇七六円に対する昭和五二年四月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告同和火災海上保険株式会社は、原告らの被告池原忠英に対する本判決が確定したときは、原告らそれぞれに対し、各金三七二万〇、〇七六円及び内金三四二万〇、〇七六円に対する右確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告らそれぞれに対し、各金四二六万九、〇七六円五〇銭及び内金三九二万〇、〇七六円五〇銭に対する昭和五二年四月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  一項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告らの子訴外新垣徹(当時三歳、以下単に徹という。)は左の事故により昭和五二年四月二二日死亡した。

(一) 事故発生の日 昭和五二年四月二二日

(二) 事故の場所 原告ら方前道路上

(三) 加害運転者 訴外沢岻守辰

(四) 事故の態様

右原告ら方前道路上で加害者がその運行車両を運転して後退中、道路側電柱の側に立つて車両を避けていた訴外徹を確認しないまま後車輪で轢いた。

2  責任原因

(一) 被告池原忠英(以下「被告池原」という。)は、加害車両を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条の規定により後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告池原は、被告同和火災海上保険株式会社(以下「被告同和火災」という。)との間で、昭和五二年四月二二日加害車両につき対人賠償保険金額を金三〇〇〇万円、保険期間を昭和五二年四月二二日から一か年とする一般自動車保険契約を締結しており、被告池原は、被告同和火災に対し、本件事故の損害について保険金請求権を有しながら、その保険金の請求をしないので、原告らは、被告池原の資力の有無を問わず同被告に対する損害賠償請求権を保全するため、被告池原の被告同和火災に対する右保険金請求権を民法四二三条により代位行使する。

仮に、右代位行使には被告池原の無資力が要件になるとしても、同被告は建築業が行き詰り原告らの損害を賠償する資力がなく、原告らは勝訴判決を得ても強制執行により満足を受けられないことは明らかである。

3  損害

(一) 逸失利益 金一二三〇万一四五三円

訴外徹は死亡当時三歳であつた。就労可能年数は一八歳から六七歳まで、月収は賃金センサス昭和五二年度第一巻第一表の男子労働者学歴計によると金一八万三二〇〇円である。算式は次のとおりである。

一八万三二〇〇円×一二か月+六一万六九〇〇円(賞与・手当)=二八一万五三〇〇円(年収)、二八一万五三〇〇円×〇・五(生活費控除)×八・七三九(三歳のライプニツツ係数)=一二三〇万一四五三円(逸失利益)

原告らは訴外徹の父・母で、訴外徹の死亡により同人の被告らに対する右損害賠償請求権を二分の一の割合で各金六一五万〇七二六円五〇銭ずつ相続した。

(二) 慰藉料 原告ら各自金五〇〇万円

原告らは長女(一三歳)、二女(一一歳)と死亡した長男である訴外徹の三名の子に恵まれたので、原告新垣とき子は避妊手術をした。ところが本件事故で訴外徹を亡くしてしまい、将来出産することは不可能で、原告ら夫婦にとつてその精神的衝激は甚大である。従つて、これを慰藉するには少なくとも原告ら各自金五〇〇万円が相当である。

(三) 葬祭費 原告ら各自金二〇万円

原告両名で金二〇万円ずつ負担した。

(四) 弁護士費用 原告ら各自金三四万九〇〇〇円

沖縄弁護士会報酬基準による額であつて、原告ら各自金三四万九〇〇〇円ずつ負担した。

(五) 損害のてん補

原告らは、本件事故により自動車損害賠償責任保険から金一四八六万一三〇〇円を受領したので、これを原告らが二分の一ずつ分割して各金七四三万〇六五〇円ずつ前記原告らの損害に充当した。

4  結論

よつて、原告らは、被告らそれぞれに対し、前記損害合計金一一六九万九七二六円五〇銭から前記3(五)の自賠責保険金による充当分金七四三万〇六五〇円を差引いた金四二六万九〇七六円五〇銭及びこれから弁護士費用金三四万九〇〇〇円を控除した金三九二万〇〇七六円五〇銭に対する訴外徹が死亡した日の翌日である昭和五二年四月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被告池原

請求の原因1、2(一)の各事実は認める。3(一)ないし(四)の各事実は知らない。

2  被告同和火災

請求の原因1、3(一)ないし(四)の各事実は知らない。2(二)の事実中原告主張の保険契約をしたこと及び被告池原が保険金の請求をしていないことについては認めるが、その余は争う。3(五)の事実は認める。

三  被告同和火災の主張

1  被告同和火災と被告池原間の自動車保険普通保険約款第四章一般条項第一四条、第一六条によると、保険契約者は事故が発生したときは、日時、場所、事故の状況、被害者の住所、氏名等事故の内容について、保険会社に対し遅滞なく通知することになつており、この通知をせず、事故の発生の日から六〇日を経過すれば、右保険会社の保険金支払業務は消滅する旨規定されている。

2  本件事故が発生したのは昭和五二年四月二二日である。しかるに被告池原が被告同和火災に対し本件事故の通知をしたのは、五か月以上も経過した昭和五二年一〇月五日である。

ちなみに本件事故は、保険契約を締結した当日発生しているが、保険会社は五か月以上も経過した後に事故通知を受けたため、保険契約が有効に成立したか否か及び本件事故内容等についての調査が充分にできなかつた状況にある。

四  被告同和火災の主張に対する認否及び原告らの主張

被告池原は、本件事故発生の日の三日後である昭和五二年四月二五日に、被告同和火災の特約代理店である合資会社西原自動車商会の代表者小波津享元に対し、口頭で本件事故発生を通知した。従つて、被告池原の被告同和火災に対する保険金請求権は有効であり、被告同和火災は保険金の支払義務がある。

五  原告らの主張に対する認否(被告同和火災)

本件事故発生について、口頭による告知のあつたことは認める。告知の日は知らない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  原告らの被告池原に対する請求について

1  請求の原因1及び2(一)の各事実は、原告らと被告池原との間において争いがない。また、原告らが訴外徹の父母として、いずれも同訴外人の相続人であることは被告池原において明らかに争わないから自白したものとみなす。

右の争いない事実によると、被告池原は、原告らに対し、本件事故によつて右訴外人及び原告らが蒙つた損害を賠償すべき責任があるというべきである。

2  本件事故による訴外徹及び原告らの損害は次のとおりである。

(一)  訴外徹の逸失利益及び原告らの相続

訴外徹は死亡当時三歳であつたことは原告と被告池原との間において争いがないので、昭和五二年度賃金センサス第一巻第一表による男子労働者学歴計賃金を基準として同訴外人の逸失利益を計算すると次のとおりである。

(1) 稼働期間 一八歳から六七歳までの四九年間

(2) 生活費 収入の二分の一

(3) 収入 一か月金一八万三、二〇〇円、年間賞与及び手当金六一万六、九〇〇円

(4) ライプニツツ係数 八・七三九(六七歳から死亡当時の三歳を減じた六四年に対応する係数一九・一一九一から、一八歳から三歳を減じた一五年に対応する係数一〇・三七九六を減じたもの)

(5) 計算

(一八万三二〇〇円×一二月+六一万六九〇〇円)×〇・五×八・七三九=一二三〇万一四五三円

以上計算したとおり、金一二三〇万一四五三円が右訴外徹の逸失利益である。(なお、右訴外人の就労可能に至るまでの養育費は、一般的には原告らが負担するものであり、逸失利益の取得者である右訴外人とはその主体を異にし、損益相殺の法理を適用するのは相当でないから逸失利益から養育費の控除はしない。最判昭五三・一〇・二〇、集三二・七・一五〇〇参照)

よつて、原告らは右訴外人の被告池原に対する逸失利益損害賠償請求権を相続により二分の一ずつ取得したというべきであるから、各金六一五万〇七二六円(円未満切捨)の請求権を有する。

(二)  原告らの慰藉料 原告ら各自金四五〇万円

原告本人両名尋問の結果によると、原告らは本件の事故によつて、長男である訴外徹を失い、精神的に多大の苦痛を受けたことが認められ、前記の本件事故の態様その他一切の事情を斟酌すると、その慰藉料は各原告につきそれぞれ金四五〇万円をもつて相当と認める。

(三)  葬祭料 原告ら各自金二〇万円

原告本人新垣とき子の尋問の結果によると、原告らは、葬祭費として金七〇万円を支出していることが認められるが、このうち原告らそれぞれにつき各金二〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(四)  弁護士費用 原告ら各自金三〇万円

弁論の全趣旨によると、原告らは、原告代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、沖縄弁護士会報酬基準により原告ら各自金三四万九〇〇〇円を支払う旨約したことを認めることができるが、本件事案の内容、訴訟の経過、本件損害認容額、その他一切の事情を勘案すれば、右弁護士費用のうち、原告ら各自金三〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

3  損害のてん補 原告ら各自金七四三万〇六五〇円

原告らが、本件事故により自動車損害賠償責任保険から金一四八六万一三〇〇円を受領し、これを原告らが二分の一ずつ分割して各金七四三万〇六五〇円宛前記原告らの損害に充当したことは、原告らにおいて自認するところである。

4  以上の次第で、被告池原は、原告らそれぞれに対し、各金三七二万〇〇七六円及び内金三四二万〇〇七六円(弁護士費用を控除した金額)に対する本件事故の翌日である昭和五二年四月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うというべきである。

二  原告らの被告同和火災に対する請求について

1  被告池原が被告同和火災との間で昭和五二年四月二二日本件加害車両につき、対人賠償保険金額を金三〇〇〇万円、保険期間を昭和五二年四月二二日から一か年間とする一般自動車保険契約を締結したことは、原告らと被告同和火災間に争いがない。

2  そこで、本件事故が右保険期間内に発生したか否かについて検討する。

証人小波津享元の証言及び被告本人池原の尋問の結果を総合すると、被告池原が、被告同和火災との間に右保険契約を締結したのは、昭和五二年四月二二日午前一一時から午後零時までの間であつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。他方、成立に争いない甲第二号証、乙(イ)第二号証及び原告本人新垣昇の尋問の結果を総合すると、本件事故が発生したのは同日午後五時四五分ころであつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、本件事故は、右保険契約後保険期間内に発生したというべきである。

3  次に、本件事故発生通知が、被告同和火災に対し適式になされたか否かについて検討する。

被告池原が本件事故の発生について、被告同和火災の特約代理店である合資会社西原自動車商会に対し口頭で告知したことは、原告らと被告同和火災との間において争いがない。他方、成立に争いない乙(イ)第一号証(自動車保険普通保険約款)によると、保険契約者は、事故が発生したときはその日時、場所、事故の状況等について保険会社に書面で通知することになつており、通知をせずに六〇日を経過すると保険会社は損害をてん補しないことになつていることが認められるところ、原告らは、口頭による通知で足りる旨主張するので検討するに、証人小波津享元の証言及び被告本人池原の尋問の結果によると、被告池原が口頭で通知をしたのは事故発生の日の三日位後である昭和五二年四月二五日ころであることが認められ、また、証人上原幸清の証言によると、事故発生通知は書面ですることになつてはいるものの、実際には、ほとんどの保険会社において、保険契約者は保険会社の特約代理店に口頭で通知し、右特約代理店も口頭(電話)で保険会社に通知しており、書面で通知する取扱いはしていないこと、被告同和火災においても通常は同様の取扱いをしていることがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。以上のような取扱いがなされている現状において、被告池原についてのみ書面で通知しなければならないとする特段の事情は認められず、加えて、保険手続に精通していない一般の保険契約者に対し、口頭による通知をした際何らの指導もなさずに、書面で通知していないことを理由に保険金請求権を消滅させることは酷に過ぎることなどを考え合わせると、本件においては、口頭による通知をもつて適式の通知があつたものと解するのが相当である。

4  次に、原告らの保険金請求権の代位行使について検討する。被告池原が被告同和火災に対し本件事故による保険金を請求していないことにつき原告らと被告同和火災間に争いがなく、また、被告本人池原の尋問の結果によると、同被告は住宅兼事務所として使用している建物(六〇坪)が唯一の資産であるが、同建物には金七五〇〇万円の債務についての抵当権が設定されており、その他にも約金四〇〇〇万円の債務を負担しているうえ、自ら経営している建設業も思わしくなく赤字状態であることなどから、同被告は無資力であると認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によると、原告らは、被告池原に対する損害賠償債権を保全するため、同被告に代位して、被告同和火災に対し、被告池原の前記保険金の支払を請求することができるというべきである。

5  原告らは、本件保険金支払義務の履行期は、本件事故発生の時に到来するとして、被告同和火災に対しては保険金の支払を請求しているので、この点について検討する。

成立に争いない乙(イ)第一号証の自動車保険普通保険約款第一章四条によると、損害賠償請求権者が被告同和火災に対し損害賠償額の支払の請求ができるのは、「被保険者が損害賠償請求権者に対し負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したとき、または、裁判上の和解もしくは調停が成立したとき」である旨定めており、従つて、原告らは、被告池原に代位したとしても被告同和火災に対して現在の給付として保険金を請求することはできないものである。

しかしながら、原告らは、加害者である被告池原に対する損害賠償請求と保険者である被告同和火災に対する保険金請求権の代位行使による請求を併せて請求し、本件において併合して審理されているのであるから、現在の給付請求が認められない場合は、予備的に被告池原に対する損害賠償責任額が確定したときは、その支払を求めるという将来の給付の請求も併せて求めている趣旨であることが弁論の全趣旨により明らかである。そして、被告同和火災が損害賠償義務、保険金給付義務を争い、原告らが早急な損害賠償の支払を必要としている本件においては、将来の給付請求の要件も充たしているというべきであり、また、前記のとおり代位請求の要件も充たしているから、前記の保険約款の規定にかかわらず、原告らは本件において保険金の支払を求めることができるというべきである。

以上説示したことから明らかなとおり、原告らの被告同和火災に対する本訴請求は、将来の給行請求として原告らの被告池原に対する本判決が確定したときにはじめて請求できるものであるから、保険金支払義務の履行期は、原告らの被告池原に対する本判決が確定したときに到来するというべきである。

6  以上の次第であるから、被告同和火災は、原告らの被告池原に対する本判決が確定したときは、原告らそれぞれに対し、前記保険金額の範囲内であり、かつ、被告池原の原告らに対する損害賠償額である各金三七二万〇〇七六円及び内金三四二万〇〇七六円(弁護費用を控除した額)に対する右確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三  結論

よつて、原告らの被告らに対する請求は、前記の各説示支払義務の限度において正当であるから、その限度でこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 徳嶺弦良)

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